今朝の授業は、課題として出していた論文の内容について、学生一人一人のプレゼンをもとにみんなでディスカッション。Achiasmyの仕組みと進化について、ということで仮説をもとにした推論が多かったものの、それなりにディスカッションも盛り上がって学生達も楽しんでいたように思う。毎週結構な勉強が必要だと思うのだけど、みんなしっかりと調べてきてそれなりのプレゼンをするのはすごいなぁと思う。
2025年2月11日火曜日
2025年2月9日日曜日
TANTO 29
日本からこちらの町に到着したのが1月9日だったから、今日でちょうど一ヶ月経ったわけだ。いやぁもう毎日何かやらなければいけないことがあったり、なんやかんやといろんなことに遭遇したりして、振り返ってみてもえらい長く感じる一ヶ月間だった。いまだに家の中では日本から送ったダンボール箱が片付けられていないし、ラボのセットアップはまだ何も手をつけることができていないけど、とりあえずこちらでの生活や仕事のための基本的な手続きはほぼほぼ出来たはず。先週は、注文していたダイニングセットが届いたし、今週の金曜日にはソファが届く予定で、家の中は少しずつ自分の生活空間ができつつある。そして一昨日は、ダウンタウンで見つけたなかなか良い雰囲気の自転車屋さんでマウンテンバイクを手に入れてきた。今回のは BIRIA というドイツブランドのバイクで、たまたまこの自転車屋さんにこれがあったからなんだけど、とても乗りやすいしスッキリとしたシンプルなデザインで色も気に入った。ということで、明日からはこれに乗って通勤する。
2025年2月8日土曜日
GMS.4
今週木曜の授業は「Recombination and Chromosomal Rearrangement」ということで、遺伝学の歴史におけるターニングポイントとなった二十世紀初頭の論文数編を紹介しながら。これらの論文で報告された数々の発見は、第2回の授業で話したメンデルの遺伝学実験、サットンやボベリの染色体説を統合して現代遺伝学の基礎を成すに至ったもので、全てT.H. Morganラボのフライルームで研究していた学生(A.H. Sturtevant, C.B. Bridges, H.J. Muller)による研究。ということで、いつもより説明に力がこもったかな。ショウジョウバエの数々の変異体を見つけてそれらを用いた遺伝学実験は、その後の生物学研究のアプローチも一変させた歴史的なものであることがよく分かる。
課題として出したのは、ショウジョウバエのオスで減数分裂時の組換えが起こらないAchiasmyの仕組みと性染色体の進化について考察した論文。これに関しては、実は自分もあまりよく知らないので、学生達と一緒に勉強できればと思う。
2025年2月7日金曜日
2025年2月6日木曜日
初夏?
こないだルイジアナではあり得ない大雪が降ってから二週間しか経っていないけど、今週は昼間の気温が26度とかまで上がっていて、日差しもきついし湿気も出てきた。大学のキャンパスでは、早くも真夏のような格好をしている学生もたくさん歩いている。ラボの荷物の輸送のことで京都の業者の方と連絡をしていたら、京都は雪が降っているとか。そういやまだ二月になったばかりだから、日本はまだ真冬か。暖かくなるのは良いけど、こんなにも早く暑くなってくるということは、夏が思いやられるな。
そんな中、昨日はこちらで初めてのファカルティミーティング(いわゆる教授会)に出席。結構くだけた雰囲気の中、こないだのような大雪とかの天候で大学が閉鎖になった時の授業の対応とか、教育現場における生成AIに対する方針とかについてディスカッション。で、一番大事な議題は、数名のファカルティメンバーの昇進案件について。色々と説明があった後に投票が行われて、新任の自分も投票に参加。なるほどこういう感じで行われるのか、と色々興味深く観察しつつ間違えたことをしないように慎重に参加した。
2025年2月2日日曜日
GMS.3
先週木曜日の授業は、「Genetic Model Organisms」というテーマだったのだけど、大まかなコンセプトについては第一回で話しているので、今回はその中でも線虫 C. elegans について。前半にモデル生物としてのC. elegansの概要について話して、後半は実際にC. elegansがモデル生物として使われた研究の例として、Agingの研究におけるマイルストーンとなったいくつかの論文を紹介。このdaf-2 and daf-16に関する話は、日本でも何度か老化研究を紹介する授業で使ったことがあるので、まぁやりやすかったかな。課題として出したのは、細胞浸潤のモデルとしてC. elegansのanchor cellを用いた最近の研究論文。
2025年2月1日土曜日
オフィス
今週も火曜と木曜の朝に授業をした以外は、基本的にオフィスで仕事をしていた。オフィスはラボと同じ5階にあるのだけどラボとは少し離れていて、しかも廊下から扉を開けてさらにその先に三つある扉のうちの一つという、ちょっと奥まった分かりにくい場所にある。ここは建物自体がかなり古くて、内部は改築をしているからか部屋の構造が複雑になっている。自分がもらったオフィススペースは、おそらく昔は実験室の一部だったのだろう。部屋の一角の天井には大きな換気口があって、そこにヒュームフードみたいなものがあったことを示唆している。部屋には大きな机が2台と古い椅子がいくつかあったので、とりあえず机をオフィスらしい配置に並べ替えてみた。そんな感じで、どんなオフィスにしようかと想像しながら、月曜と火曜はまずは掃除に勤しんだ。そもそも全てのものがかなり古いので、それほど綺麗になったわけではないけど、床や窓を磨くと少し自分の居場所になったような気がしてきた。部屋には縦長の窓が一つあってそこからキャンパスの風景が臨めるので、その窓の隣にデスクを置いてみた。
2025年1月26日日曜日
2025年1月24日金曜日
大混戦
今場所は横綱照ノ富士の引退があり、綱取りが期待された琴櫻がまさかの負け越し、そしてあと二日を残して先頭が二敗の金峰山でそれを追う三敗の力士が四人という大混戦になってきた。この中では、豊昇龍にだいぶ凄みが出てきた感じがするけどどうなることやら。ということで、こちらに来てから大相撲を生中継で観戦することはできなくなったけど、毎朝NHKのサイトで録画の取組動画を見ている。まぁ時差だけはどうしようもないからねぇ。
2025年1月23日木曜日
GMS.2
今日は朝から第二週目の授業。いまだに大雪の影響で大学からは自宅待機の指令が出ているので、今日も自宅からオンラインで実施。「Mendelian Genetics and Chromosome Theory」というトピックで、まずは遺伝学の基礎となったメンデルの遺伝学実験から、サットン、ボベリ、モーガンなどによる染色体説実証までの古典的な研究を紹介。授業の後半には、染色体説の延長線上にある最近の研究として、特定の染色体のaneuploidyに対するがん細胞の依存性について示した論文の実験を紹介した。先週も同じような感じで、一つのトピックについて教科書的な内容を話しつつ、コンセプトの理解を深めるために実際の研究論文を紹介するという構成にしたのだが、これは今までにもやってきた授業スタイルの一つ。研究論文のパートはレベルが一段階高くなる訳だけど、大学院生にはこれくらいがちょうど良いのではないかという感覚が掴めてきた気がする。なんか、毎週ジャナクラの発表をしているような感じになるのかも。
2025年1月22日水曜日
Snow storm
予報通り、雪は火曜日未明から降り始めて、昨日は一日中ものすごい勢いで降り続けていた。気温もかなり下がって、雪国仕様ではないこの家では比較的広いリビングがなかなか暖まらない。一方で、一番小さい屋根裏部屋だけはしっかり温風が出るような構造になっていて、暑すぎるくらいになっているので、一階と二階を行ったり来たりしている。この地域でここまで雪が積もるのは歴史的なことらしく、はしゃいでいる人達の声も聞こえてくるけど、当然除雪車とかもないのでひたすら雪が融けるのを待つしかない。大学からは金曜まで自宅待機とのアナウンスがあった。かといって授業が休校になるわけではなく、オンラインでやりましょうということで、昨日の朝は家からZOOMでのオンライン授業。まだ家にインターネットが開通していないので、ラップトップをスマホでテザリングして実施したのだけど意外と安定していた。そんな訳で、今日も一日自宅でぶらぶらと仕事。そして明日の朝もまたオンラインでの授業です。
2025年1月21日火曜日
Gumbo
この週末は月曜がMLK dayで三連休ということで、久しぶりに少しゆっくりできた。
土曜日、New OrleansにいるWMが、Houstonへ行く途中でLafayetteを通るということで、昼に地元のケイジャンレストランで一緒にランチ。WMはまぁいつも通りだったけど、アメリカでの授業とか研究費のこととかについて色々とアドバイスを聞くことができて良かった。そして月曜日は、隣の家に住んでいる大家さんが晩御飯に誘ってくれたので、アジアンマーケットで見つけた日本酒と饅頭を持ってお宅訪問。旦那のマットはここの地元出身で、この地域の郷土料理の一つであるガンボを作ってくれた。ガンボは、ちょっとスパイシーで濃いスープがたっぷりとライスにかかっていて、見た目はカレーライスに似ているけど味は全然違う。そう言えば、土曜日のWMとのランチでもガンボを食べたんだった。すでにいくつかのレストランでガンボを試しているけど、どの店のも少しずつ違っていてなかなか面白い。マットのはチキンとソーセージが入っている地元の伝統的なものだそうで、これまたとても美味しかった。せっかくだから、落ち着いたら一度ガンボの作り方を自分で研究してみよう。
2025年1月18日土曜日
GMS.1
ULLではこの1月から始まる春学期で早速授業を1コース担当することになっている。1週に75分の授業を2コマで、1月から5月まで春休みを挟んで14週、ということで全部で28回。そんなにしゃべることあるかいなっていう感じ。ちなみにコースは大学院生向けのもので、「Genetic Model Systems」というものになった。今までにない新しいコースになるので、前任者の資料などは何も無く、全て自分で組み立てる必要がある。そんな訳で、引っ越しで忙しいなか少しずつ構想を練っていたのだが、今週の木曜日に早くも第1回目の授業をしてきた。初めてのコースということもあって学生数が少ないので、教室は小さめのミーティングルームのような部屋。イントロダクションとして、genetic model systemとは、というテーマでなんやかんやと学生に質問を投げかけながら話してみたのだが、やはり日本と違って学生の反応は良い。基本的に、木曜日に一つのトピックについて授業をして、そのトピックに関する論文を課題として渡す。そして、次週の火曜日はその論文の内容について学生達にプレゼンしてもらいながらディスカッションするというスタイル。ということで、次週の火曜日はプレゼンとディスカッションなのだけど、なんと来週の火曜水曜あたりに雪が降る予報が出ており、自宅待機で授業はオンラインになる可能性が高いとか。。。この地域で雪が降るのはかなり珍しいことのようで、皆さんの話題になっている。
2025年1月16日木曜日
セットアップ
さて、この数日間、まずは生活基盤のセットアップに奔走していたのだが、以前に長いこと住んでいた国とはいえ、ほとんど全てのものをまた新しく作るのはかなり難航した。
まず銀行口座を作ろうと思って銀行に行ったら、パスポート以外にアメリカの現住所を確認できるものが必要と言われて断念。住所の証明の一つは、電気ガス水道などのユーティリティの請求書になるけど、まだ住み始めたばかりで請求書がないし、そもそもユーティリティの契約がまだ。ユーティリティの契約には電話番号が必要なので、携帯電話のSIMを注文。住所証明にもなるIDとしては日本と同様に運転免許証が一番なのだけど、フロリダの時のは当然期限切れだし、ルイジアナ州の免許を取るにはまた試験を受けて発行を待たないといけないので時間がかかる。そこで銀行の人に教えてもらったのがState IDというもので、州が発行する運転免許ではない身分証明のカードで、それには住所が入るし即日発行されるらしい。車を買いに行ったら、これまた購入時に同様なものが必要ということで、やはりまずはState IDを取得しようと思ったのだが、State IDにも住所証明が必要。。。じゃあ一体何から手をつければエエねん?ということで、もう一度しっかり順番を整理して考えた。
家の賃貸契約書、携帯電話番号、ユーティリティの契約書、大学のID、などを取得してから町のDMV(免許証とかを発行する所)へ行ったのだが、そこではState IDの発行は取り扱っておらず、Crowleyという隣町のDMVを案内された。なんでこんなところなん?と聞きたくなるような寂れた小さな町だったけど、そこでようやくState IDをゲット。State IDは身分証明書としては運転免許証と同等なので、これとパスポートがあれば銀行口座開設も含めて大体のものが上手くいき始めた。今回、以前に取得したSSNカードをちゃんと持っていたからまだマシだったかもしれない。20年前に初めてアメリカに来た時はSSNもなかったし、そもそもスマホとか無かった時代だからもっと大変だったことを少しずつ思い出している。
そんな感じでとりあえず、生活基盤のセットアップの基本的なところはできてきた。
2025年1月15日水曜日
6日目
Lafayetteに到着してから今日が6日目の朝。始めの3日間はホテルに滞在して、日曜日の夜から自分の家に住み始めた。今回の家はダウンタウン近くのエリアにあるレンタルハウスで、3LDK+屋根裏部屋という感じ。戦前の1939年に建てられた家ということなので、築86年とか。たしかによく見るとかなり古いことが分かるけど、どの部屋もゆったりしていてなかなか良い。家具はまだほとんどないので、少しずつ揃えていければと思う。大家さんは若い夫婦で、まだ小さな男の子と3人で隣の家に住んでおり、とても親切にしてくれるので安心した。
今はまだ日本から持ってきた食料が色々とあるのだけど、この数日の間に試してみたいくつかのレストランはどこもなかなか美味しかった。やはりこの町は食のレベルがなかなか高いのかもしれない。
2025年1月10日金曜日
Lafayette 到着
昨晩遅く、無事 Lafayette に到着。空港からはレンタカーで、とりあえず予約していたホテルに投宿。契約している家にはもう入れるはずなのだけど、電気ガス水道ネット等のユーティリティのセットアップがまだだし寝床もないので、日曜までこのホテルに滞在しながら最低限の生活のセットアップを行う予定。昨日の旅ではラッキーなことに、インチョンからアトランタまでの12時間超フライトがファーストクラスにアップグレードされた。いつかあの Delta One を使ってみたいと思っていたので、席に案内された時は嬉しくて色々な機能を試してみた。扉を閉めると個室になるし、フルフラットになるシートに敷布団や掛け布団も付いているのでもちろん快適なのだけど、機内の乾燥がすごくてあまり熟睡はできなかったかな。晩も朝も韓国風を選んだ機内食は、どちらもかなり美味しくてしっかり楽しむことができた。しかしこのファーストクラスの快適さを知ってしまうと、今後あれやな。。。
さぁ、とりあえず今日から週末にかけて、やれることをどんどんやっていかなければ。
2025年1月8日水曜日
京都編最終回
今日は日本で過ごす最後の日。いくつか残っていた役所での手続きを済ませるためにもう一度京都へ。ついでにもう一度、住んでいた岩倉の家を訪れて郵便物がないか確認してきた。約五年住んだこの場所もこの町もとても居心地が良い住処だったし、ついにこれでお別れかと思うとたくさんの思い出が甦ってきて結構感傷的になった。さらば岩倉。そして出町柳から京都を去ろうというちょうどその時、父からの電話があって、ビザがついに届いたよという報告をもらった。ギリギリセーフ。そんなわけで、いよいよ明日出国する。この三週間、実家で過ごして心の準備はだいぶできた気がするのだけど、アメリカでの授業の準備とかラボ始動の準備とかはまだまだ途上にある。まぁ、いつものようになんとかなるでしょう、というか、なんとかするしかないのよね。。。
ということで、このブログの京都編は今日が最終回。次回からはまた新しいシーズン、波乱の幕開け「ルイジアナ編」に入ります。
お別れ
月曜日、最後の片付けをしにラボへ。と言っても、今年度中はまだ引き続き学生達が実験をする予定なので、片付けたのは基本的に自分のオフィススペース。実験室、フライルームの方は、また4月に一時帰国するときに片付ける予定。大学に来るのはこの日が最後ということで、鴨川の飛び石を渡ってお世話になったカモカフェのDちゃんとScapeのNさんにも挨拶をしに行ってきた。自分にとって、京都に来て一番良かったことの一つはカモカフェを見つけたこと。こんなに落ち着けるカフェは他にはない。Dちゃんとは同い年ということもあり、お互いこれからも頑張りましょうと握手をして別れた。Nさんとは、ルイジアナの新しいラボに置くためのステンドグラスのデザインについて、そして今後の何らかの共同プロジェクトの可能性についても話した。そんなこともあり、京都を離れてもここにはまた帰って来る。そして日が暮れた頃にラボに戻ってきて、Yラボの皆さんと記念写真を撮ってお別れ。皆さま本当にお世話になりました。
2025年1月4日土曜日
ビザ面接
一昨日、ビザの面接を受けに朝から大阪の米国総領事館を訪問。予約は9:15だったのだが、ちょっと早めの8:45くらいに行くと建物の外にすでに20人以上並んでおり、まず中に入るまでにかなり待たされた。以前ここに来たのはもう10年以上前のことだけど、中はほとんど変わっていないのか、少しずつ記憶が戻ってきた。1階でセキュリティチェックを受けてから、階段で3階に上がって窓口で書類のチェックと指紋の採取。その次は2階に降りて領事との面接。なのだけど、面接の窓口が2つしかなくて長蛇の列ができており、だいぶ待ちくたびれた頃に自分の番が回ってきた。面接では、ユーはアメリカ行って何するねんとか、以前のビザの時は何しとったんとか、ありきたりなことしか聞かれなかった。で、なんかちょっとコンピューターで調べたあとに、ハイじゃあアプルーブされましたよーとか言われて意外とあっさり終わった。随分と長いこと領事と議論している人もいたけど、ウチらのビザってこんなもんだっけね。ちなみに、1月8日のフライトを予約してるねんけど間に合いますかねって聞いてみたら、それはキビシイねぇって笑いながらも色々と調べてくれた。まず、ビザの受け取りは郵送よりも自分で取りに来る方が確実だろうと思って、自分でピックアップしに来る設定にしてあったのだけど、どうやら一度東京の大使館に送られることになるから郵送の方が早いらしい。ということで、家に帰ってきてすぐに郵送に切り替える手続きをして、心に余裕を持たせるためにフライトをさらに一日後ろへずらして1月9日に変更。その後、領事館からメールが来て、通常であれば6日月曜日にビザの発行となり、8日にお手元に届く見込みとのこと。さぁ、あとは全て予定通りに進むことを祈るのみ。
2025年1月2日木曜日
謹賀新年 2025
皆さま、本年もどうぞよろしくお願いします。
元旦は、大晦日から息子がこちら大阪の実家に来ていたので、四人でおせちを食べて、午後はぶらぶらと地元の神社へ初詣。子供の頃は毎年大晦日の夜に、紅白歌合戦が終わったら家族でこの地元の神社に並びに来て、年明けの時報を聞いてから境内にあるたくさんの社の一つ一つを拝んでまわるという夜中の初詣をしていたことを思い出した。夜に見上げる本殿は荘厳さがあり、裏のほうにある小さな社はとても暗くてちょっと怖かったり、露店が出ているお稲荷さんのあたりは幻想的だったり、そのような雰囲気のなか、一年の始まりとしてなんだかとても大切なことをしているような気がしたもんだ。今年は渡米してまた新しいスタートということで、色々とがんばらなあきませんけど、うまくいきますようにとお祈り。
2024年12月31日火曜日
大晦日 2024
いつの間にか大晦日で今年もあと数時間になってしまった。この数週間、引っ越しのあれやこれやに忙殺されていたので、大晦日という実感が全くない。今年は3月の初めにULLからコンタクトがあって、5月にオファーをもらってからは、今年中にやらないといけないことがたくさん出てきて、気持ちとしてもスケジュールとしてもえらい余裕がないうちにものすごい勢いで時間が過ぎ去っていった感がある。特に夏以降はかなり出張が多かったし、今数えてみると7つの学会に参加したようだ。どの学会でも多くの知り合いに会って挨拶をすることができたのは良かった。その中でも自分がオーガナイザーとして開催することができた倍数性研究会と生化学会のシンポジウムはやはり印象深い。まぁそんな忙しい中でやり残してしまったことはたくさんあって、来年の早いうちにやってしまわないとなぁと思うのだが、アメリカに行ったら行ったでそれこそ余裕がないだろうから、気合い入れていかないといけませんなぁ。
ということで、そろそろ2024年は終わり。それでは皆さま、良いお年をお迎えください。
2024年12月30日月曜日
2024年12月27日金曜日
I-797
昨日の時点でまだ就労許可証のForm I-797が届いておらず、このままクリスマス休暇に入ったら年明けまで来ることはないかも、と気付いてとりあえず大学の弁護士にメールを出してみたら、今朝PDFのコピーがメールで届いていた。え、届いたらすぐにコピーを送ってねって頼んでいたけど、もしかしてもう届いていたのでは?と思ったけど、まぁとりあえずは面接前に届いて良かった。ビザに関してはまだまだ綱渡りのような状態が続く。
2024年12月22日日曜日
DS-160
USCIS(米国移民局)からH-1B就労ビザの請願(I-129)に対する許可がおりたという連絡が来てから今日で5日。いまだに正式な許可証明書(I-797)が届いていないのだけど、とりあえず米国大使館での面接を予約しようと思って手続きを開始。非移民ビザを申請するには、DS-160というオンラインでの事前審査があるのだが、これがかなり厄介で時間がかかった。当然以前にもやっているのだけど、年齢を重ねて雇用とか入国とかの経験が増えるほど、このDS-160で報告しないといけない項目が増えるので大変になるということか。まぁでもなんとかこの関門を通り抜けて、年明け1月2日の朝の面接予約を取ることができた。面接のあとは数日でビザが発行されるはずなので、入国は1月の第2週になるだろうとULLに連絡。新任教員に対するオリエンテーションが1月6日に行われるそうなのだけど、残念ながらそれには間に合いません。早くて1月8日かなぁということで、とりあえずフライトチケットも予約したけど、問題なく事が進むかどうか。
2024年12月20日金曜日
東川
昨日の午後、大家さんに鍵を返して岩倉のアパートの退去を完了。約5年住んだ場所だし、かなり気に入っていた住処なのでここを去るのは結構寂しい。自分の中での一つの時代が終わった感がある。この岩倉という場所は山に囲まれた田舎だけど近所に店が多くあったし交通の便も悪くないし、とても落ち着いた雰囲気で本当に好きだった。それにしても今週はこの家の引っ越しだけでなく、ラボの荷物のパッキングもしていたので、毎日朝から晩まで目まぐるしく動き回ってなんだか記憶が曖昧。まぁ引っ越しの時はいつもそうだけど、最終日のパッキングは大わらわで、いつの間にこんなに物が増えてしまったんだろうという気にさせられた。
昨日は午後にアパートを退去した後、郵便局へ行ってEMSでダンボール4箱をルイジアナへ発送。なんとかかんとかやるべきことを終えてから、たくさんの荷物を詰め込んだ車で京都を出て、昨晩大阪の実家にたどり着いた。少しゆっくりしたいのだけど、この数日間にできていなかったデスクワークがかなりたまってきているので捌いていかないとなぁ。
2024年12月17日火曜日
Approved!
今朝、起きたらULLの弁護士からメールが来ていた。アメリカの移民局に申請していたH-1Bビザが許可されましたと。プレミアムを支払ってから一週間。まぁせっかく3000ドルも支払ったのだから、やっぱりプレミアムの効果テキメンだったのだと信じたい。これでとりあえず一つの関門をクリアなんだけども、パスポートにビザスタンプをもらうためには、今回の許可によって発行されるForm I-797という証明書を持って、日本のアメリカ大使館に行って面接を受けないといけない。現在、大阪の領事館の面接予約待ち時間が10日になっているので、今後のプロセスがスムーズに進んだら1月の第2週に入国できるかどうかというところだろう。少し前まで、来週の月曜日に渡米する予定を組んでいたけど全然あかんかったやん。ということは、岩倉からの退去ももうちょい先でも良かったな。。。
2024年12月16日月曜日
ラストラン
今日は昼過ぎまで家で荷物の整理をしてから、夕方にラボへ行くその前に、自転車の買取りの依頼をしていた百万遍の店へ。オンラインの査定では少し値段が付きそうだったけど、色々と不具合もあり結局値段は付かず引き取ってもらうことになった。ということで、十年前に三島で購入して三島と札幌と京都で毎日のように乗っていたX-Caliberのラストランは、夕日の綺麗な鴨川沿いのいつもの通勤路だった。これまでに乗ったMTBの中で、間違いなく一番走行距離が長い付き合いになった。このところ、毎日のように人だけでなく、色々な馴染みのものとの別れがあって、だんだんと精神的にしんどくなってきている。そういえば十年前、アメリカを去る時にも同じような気持ちになったな。
2024年12月12日木曜日
最後のラボ送別会
昨晩はラボで送別会をしてもらった。ついにまたここを去るときが来たんだなぁということを実感。これまで学生の頃から数えて6か所のラボに所属してきたけど、次からはラボの主宰者になる訳だから、ラボから去るというのはこれが最後になるはずだ。このYラボには、北大と京大を通して約6年半いたことになる。今、ラボには20人くらいいるけど、自分が入った当時のことを考えると、3月に卒業する予定のR以外はメンバーが全員新しく入れ替わっている。大学の研究室は学生がメインなので人の入れ替わりは早い訳だが、面白いことに人が入れ替わってもラボの雰囲気というのはそれほど変わらないものだ。それはやっぱりラボ主宰者であるPIの性格とか考え方といったものの影響が如実に現れるからなんだろう。そして、所属している学生達はメンターとしてのPIとそのラボの環境から色々と影響を受けて育っていく。そんな訳で、送別会の挨拶では、これまでのキャリアで自分がこれまでのメンターから受けてきた影響について話した。その後で皆からの寄せ書きのアルバムをもらったのだが、一人一人が自分に対して持っている印象というのが、まさに自分がこれまでに受けてきた影響を表しているように見えて面白かった。
さぁ、いよいよラボも家も出ていく準備をしなければ。
2024年12月10日火曜日
Premium
なかなかアメリカの就労ビザの許可がおりなくて困っている、ということを10月の末にここでも書いたが、いまだに連絡が来ない。実はもう一人、ULLで1月から採用される予定のカナダ人(IP)がいて、当然 IP も自分と同じH-1Bビザの申請をしているのだけど、やはりまだ許可がおりていないらしい。もしかしたら自分の書類に何か不備があったのかとか、以前の経歴の何かが問題になっているのかもとか案じていたのだけど、IP のビザもまだということは、自分の問題ではなくおそらくH-1Bの審査が全体的に遅れているのだろうと思う。来年トランプになると、特殊技能職のためのH-1Bみたいなビザは特に出にくくなる可能性が高いので、今ちょうどビザ申請が殺到して遅れが出ていることは容易に想像できる。しかしながら、これ以上遅れると我々の1月からの赴任には間に合わない可能性が出てくる。こういう時のために、アメリカのビザ申請プロセスでは、お金を払えばプロセスを早めてくれるプレミアムと呼ばれるオプションがある。このプレミアムについて、申請手続きを代行してくれている大学の弁護士から以前に聞いていたのだが、なんと3000ドル(約45万円)もかかるということだったので、あまり真剣には考えていなかった。しかし12月に入ってもいまだに連絡が来ず、そろそろタイムリミットということで、弁護士に3000ドルの小切手を送付した。なんだかちょっと自分の中でもスイッチが入った感じがある。
2024年12月3日火曜日
Autumn foliage
愛宕山麓のもみじが真っ赤に色付いていたので、京都の紅葉も今週がクライマックスだろうと考えて、今日は一日休みを取って母親と二人で大原へ。今年は夏以降も気温が高かったから紅葉が遅れているようだけど、例年よりも色付きが鮮やかに見えるのは気のせいだろうか。三千院の紅葉は本当に息を呑むような美しさだった。ただ派手に色付いている訳ではなく、苔に覆われた庭に静かに佇む御堂と紅葉のコントラストが絶妙。今までに見た多くの紅葉のなかでも最も印象深かった。三千院を出てから、その近くにある血天井の宝泉院も訪問。ここの書院からは、樹齢七百年と言われる立派な五葉松が広がる絵画のような庭を見ることができるのだが、今日はその背景にもみじが色付いておりこれまた素晴らしかった。京都で過ごす最後の秋に最高の紅葉を見ることができて良かった。
2024年12月1日日曜日
愛宕山
今日はラボハイクということで、ラボの皆さんと一緒に京都の西側にある愛宕山に登ってきた。朝早くに奥嵯峨のさらに奥にある清滝の登山口に集合して、昼過ぎに山頂の愛宕神社に到着。標高は1000mもないそうだけど、久しぶりの登山だったしなかなか大変だった。山頂からの眺めが素晴らしかったし、登山口周辺の紅葉がとても綺麗だった。
2024年11月30日土曜日
TT博士
博多での分子生物学会終了。といっても、こないだの生化学会と同様、色々と忙しくて自分が登壇したシンポジウムに出席しただけだったのだが、シンポジウムの前に会場内を少しぶらぶらしているだけで何人かの知り合いに会うことができた。なかでも久しぶりに北大のTT博士に会えたのは嬉しい驚きだった。Tさんは自分と同時期にアメリカでポスドクをしていた方で、偶然というか何というか、2013年の一時帰国時に東京のアメリカ大使館へビザ申請をしに行った時、待たされている大勢の人の中に一生懸命論文を読んでいる同年代の人がいたので、暇つぶしに声をかけたのが始めの出会いだった。生物系とはいえ分野は少し違うので、もしあの時自分が声をかけていなかったら知り合うことはなかったはず。その後Tさんが北大の農学部でラボを持ったことは知っていたので、2018年に自分が北大に移動した時、突然Tさんを訪問して驚かせてやろうと思ってTさんの名前と研究室の部屋番号をメモしたポストイットを自分のデスクの前に貼ってあったのだが、北大にいた2年間、ポストイットからのプレッシャーを受け続けたにもかかわらず結局訪問する機会がなかったのだった。なんやかんやでこちらの動向もTさんの耳には入っていたようだけど、今回偶然会えて良かった。たぶんこれまでに会って話したのは数回しかないはずなんだけど、なぜか彼とは昔からの知り合いのような不思議な雰囲気がある。今回シンポジウムを見にきてくれて、終了後にはTさんのほうから共同研究の提案をしてくれた。「運命の人やからね」って言ってくれたのは冗談だとしても、本気で提案してくれたのは本当に嬉しい。なんとか形にしたいと思う。
2024年11月28日木曜日
2024年11月25日月曜日
2024年11月24日日曜日
Childhood friends
土曜日、小中学校時代の幼馴染み三人と一緒に大阪のお初天神で食事会。最近日本に帰ってきたOとはついこないだ京都で会ったばかりだけど、大阪で獣医をしているMとは前回の渡米前以来なので20年ぶり、神戸で建築設計をしているSとは中学卒業以来だから、なんと35年ぶりとか。これだけ久しぶりだし全員全く違う分野で仕事をしているので話は尽きないのだけど、やっぱり幼馴染みの連中とはなんでも気兼ねなく話せる感じがある。同郷でお互いの子供時代とか家族のこととかもよく知っているというのは、こういうことなんやなぁと思った。兄弟の感覚に近い。自分はまたアメリカへ行くことになってしまったけど、今後はまた会う機会を見つけていきたいと思った。
2024年11月22日金曜日
美山へ
木曜日、そろそろ日本での残された日数も少なくなってきているなか、もう一度行きたかった場所へ行っておきたいのと、ちょっと休みを取ってリフレッシュしたほうが良いなと思い立ち、休みを取って美山の温泉へ。美山へ向かう途中、山間の集落に「岩戸落葉神社」というどこかで聞いたことのある名前の神社の看板が目に入って、ちょいとその通りをのぞいてみると、見事に色付いた大きな銀杏の木が見えたので行ってみた。調べてみるとやはりちょっと有名な紅葉の名所らしく、静かな神社を覆う銀杏の金色が心に沁みた。夕方に美山に着いて、その後一時間ほど温泉でゆっくりしていたのだけど、他に誰もいなくて完全貸切状態で楽しめた。この温泉施設は大体いつもこんな感じでとても空いているのが良い。日本に帰ってきた時にまた来れれば良いなぁと思いながら、その施設のレストランで鹿肉御膳をいただいた。
2024年11月20日水曜日
北の富士
なんと、北の富士さんが亡くなられたとのニュース。いつになったら大相撲中継の解説に戻ってきてくれるんだろうと思っていのだけど、残念だ。。。残念だけど、今場所もやっぱり相撲は面白い。豊昇龍がずいぶんと安定しているけど、隆の勝の勢いもすごい。ということで、終盤戦どうなることやら。
2024年11月14日木曜日
九州場所
今場所は、自分にとっては日本で観戦できる最後の大相撲。ゆっくり全部見たいのだけど、なかなかそういう訳にもいかず、夜に取組動画をチェック。でもやっぱり相撲って、取り組みまでのあのまったりとした時間があってこそ、だんだんと緊張感のある雰囲気が高まっていくもんよね。ともあれ、今場所は豊昇龍の調子が良くて楽しみ。
九州場所といえば、今年の分子生物学会は福岡での開催。自分は最終日夕方のシンポジウム「倍数性変化の機構とその意義」で登壇する予定。ということで、今日出張申請をしてホテルを探したのだけど、どのホテルもえらい高い。大学の宿泊規定額(¥13,000/1泊)では収まらないので、今回も立替払い実費請求。規定額、もっと上げなあきませんなぁ。
2024年11月11日月曜日
2024年11月9日土曜日
生命の相互扶助論
生化学会で I さんと一緒に企画したシンポジウム「生命の相互扶助論」は、昨日無事終了。会場はそれほど大きくなかったものの、開始時に自分が挨拶を始めた時にはほぼ満員で、後ろの入り口付近には立ち見の方々も見えた。イントロでは、クロポトキン → 無政府共産主義 → ダーウィニズム → 自然選択と適者生存 → 帝国主義と資本主義 → 相互扶助論 → 細胞性粘菌 → 協調性の進化、といった流れでコンセプトを分かりやすく話してみたつもりなのだが、どうだっただろう。今回、スピーカーは自分を含めて4人。自分は始めの挨拶のあと続けてそのままトークをしたので、その後は司会をしながら3人のトークを存分に楽しむことができたし、終了後何人かの方から、とても面白かったという感想を聞けたので、まぁとりあえずは成功と言えるでしょう。それにしてもやっぱり N さんのトークはすごい。あれだけ何度も大きな笑いが起こるサイエンストークは他で見たことがないし、しかも意外と要所要所でかなり教育的に素晴らしいことを言っていた。聞いていて思ったのだけど、N さんのトークは話の内容とかしゃべり方のトーンが前日の飲み会でのそれと全く一緒なのだ。
ともあれ、I さんと始めたこのプロジェクトは、これまで散々ふたりで話してきて、まず初めの研究費も取ってきた訳だけど、こうして公の場で人を集めて議論したことでようやく少し形になり始めた感がある。
2024年11月6日水曜日
Yokohama
今日からパシフィコで開催されている日本生化学会大会に出席するために横浜に来た。今回は3日目(金曜日)の午後に、同じ京大の I さんと一緒にオーガナイザーとして、以下のシンポジウムを開催する予定。I さんと始めた新しい試み、そしてなんと、トリはダートマスの仲間、微生物学の N さん!色々と面白い話が聞けるはずなので、たくさんの人に見に来てもらえればと思う。
生命の相互扶助論:不均一性から生まれる協調性の進化
11月8日(金)13:35~15:35
第12会場(G317)
2024年11月2日土曜日
Why do you come here?
こないだULLでBiologyの新任教員達と話した時、テーブルについてまず聞かれたのが、「Why do you come here?」という質問だった。まぁそりゃそうだろう。当然彼女達も、Kyoto Universityが日本でもトップランクの研究大学であることを知っていて、そこで既にAssociate Professorとして研究グループを持っている人が、なぜわざわざルイジアナに移動して来る必要があるの?ということだ。ということで、その理由をクリアーにするためには、海外の研究者達が知らない日本の大学のシステム、そのシステムで疲弊している日本の研究者達の現状を話す必要があった。この話は、私がアメリカの大学へ行くことを選んだ理由というだけでなく、研究者以外の方々にも日本の大学、特に国立大学における研究について考えてもらえる機会になるかも知れないので、ここでも少し説明しておこうと思う。一応、これは私の経験に基づいた私自身の見解である。
私は、2014年の春にアメリカから帰国して、国立遺伝学研究所で助教として4年、北海道大学で講師として2年、そして京都大学で准教授としておよそ5年、合計10年以上に渡って日本のアカデミアでのキャリアを重ねてきた。これら国立大学の教員としてのポストは全て5年期限の任期付きポストだった。基本的に同じ場所での昇進は無いし、何もせずに次のポストが決まることはないので、失職せずに研究を続けるためには現在の任期が終わる前に公募が出ているポストに応募して、次の新しいポジションを勝ち取る必要があり、最終的には自分の研究室を持つことができる独立ポジション(一般的には教授)が目標となる。国立大学の独立ポジションの公募は相当な競争率になるので、当然高いレベルでの研究活動や多くの研究費獲得といった実績を持っていないと話にならない(ちなみに、公募に見せかけた出来レースのこともあるけど、出来レースの勝者に指名してもらうには、その場所で政治力を持つ“エライ”先生の寵愛を受けていないといけない)。しかし、研究というのは時間がかかるものだ。分野にもよるが、大きな発見や重要なコンセプトを論文として発表しようとすると、たいがい5年以上はかかる。つまり、失職しないためには研究実績を上げて就職活動をしないといけないのだが、5年という短い期間では落ち着いてじっくり研究ができないというジレンマがある。しかも大学教員としては、研究以外にも授業や教育、大学や学部の運営に関わる仕事、さらには学術振興会の審査員とか学術雑誌の編集や査読にも参加しないといけない。あまりにも時間が足りないと感じる。
まぁ、大学で研究者として高いレベルの研究を続けるのが大変なのは、多かれ少なかれどこの国でも同じだと思う。こういうシステムは国によって違うものだし、日本の国立大学は「教授以外は任期付きポストで、昇格には移動が必要なシステム」ということだ。探せば似たようなシステムは他の国にもあるだろう。しかし、日本のこのシステムについて海外の研究者が皆だいたい驚くのは、これらの任期付きポストに大学からスタートアップの資金がほとんど支給されないということだ。独立ポジションであれば一応スタートアップはあるが、それも大した金額ではないことがほとんどだ。「研究費は自分で持ってきて下さい。そして必ず5年で出て行ってください。」という、なかなか非情なシステムだと思う。ちなみに京大では研究のための学内ファンドがいくつかあり、自分もこういうものに支援してもらったが、学内とはいえ全て競争的資金なので、実際には少数の人しかもらうことができない。所属する講座で、部屋付き親方のような形で間借りして研究するうちはスタートアップは必要ないだろう、ということなんだろうが、それだとやはりラボのスペースに問題があったり、学生を取るのに難があったり、教授との上下関係が鬱陶しかったり、と色々な問題がある。大学にとっては、このシステムは金がかからなくて良いだろうと思うかも知れない。しかし長い目で見ると絶対に良くないと自分は考えている。この10年間、日本の大学で研究者としてやってきた経験、周りのたくさんの同世代の研究者と話してきて得た感覚、様々なことをもとに考え合わせた上で思うことだ。このシステムでは、大学と研究者の間に良い関係が生まれない。
アメリカの大学の研究者が、自分のいる大学や所属する学部への愛や感謝、そして同じ学部の教員への賞賛の言葉などを口にしているのを見聞きすることが多いと感じるのは自分だけではないと思う。一方で、日本の大学にいる同世代の研究者から、そのような言葉はまぁほとんど聞いたことがないし、逆に聞こえてくるのは大学や学部への不平不満、年長の教授とかに対する悪口みたいなものがほとんどだ。スタートアップがないので研究費をかき集めてくる必要があり、その申請書や報告書に追われ、一生懸命教育活動をして大学運営にも参加させられ、事務方には毎日のようにどうでも良い細かいことを指摘されてその対応に追われ、そんな中でがんばっていくら素晴らしい研究をしていたとしても期限が来たらあっさり放り出されるわけだから、当然と言えば当然か。
アメリカの大学にはテニュアトラックというシステムがある。テニュアトラックでは、大学が新任教員に対して研究室のスタートアップとして大きな額の投資をする。採用された研究者は、そのスタートアップを元手に研究教育活動を行い、数年後の審査に合格すれば大学教員としての終身在職権、いわゆるテニュアを獲得することができる。新任教員へのスタートアップは大学としては大きな額の出費となるが、将来的にはその初期投資額以上のものを回収できることを見越してやっている。高いレベルの研究と良い教育ができる研究者を採用すれば、その人は外部資金を取ってきてその分の間接経費が大学に入る。高いレベルの研究成果が世に出れば、世界中の学生や研究者がその大学を目指して集まることになり、大学経営をさらに後押しするだろう。まぁだからこそアメリカの大学教員の公募は、世界中の応募者から適切な人物を選ぶために、ものすごく真剣な選考が行われている。研究者の側から見ると、大学からしっかりとした投資をしてもらって、テニュアトラックがうまく行くように周りの教員から色々とサポートをしてもらうという経験を通して育つと、やはりその大学や学部に恩を感じるし帰属意識が高まるだろう。日本の今のシステムでは、多くの任期付き教員達に愛校心や帰属意識どころか、逆に使い捨てにされたという悲しい気持ちと疲弊感が残る。大学への悲しみとか恨みみたいな感情を持って疲弊した大学教員をたくさん生み出してしまうシステムが大学教育、ひいては国にとって良いわけがない。
じゃあどうすれば良いのか?日本もアメリカみたいなテニュアトラックシステムにしたら良いのかというと、必ずしもそうではないだろう。そもそもお金がない今の日本の国立大学にはできないし、なんやかんや続いている講座制は、昔からこの国にあるヒエラルキーを持った村社会で和を重んじる文化に合っているのかも知れない。しかし、文科省はもっと真剣にこういう現状を見て国立大学の経営への支援を考えるべきだと思うし、大学の経営陣ももっと真剣に大学にとって一番大切な研究者達の現状と向き合うべきだと思う。最近、他の先進諸国に比べて日本の大学の研究力が伸び悩んでいることについてのニュースを頻繁に目にするようになったけど、自分はこの10年間肌で感じてきた同世代研究者の疲弊にその原因の一つが見えている。
もう一つ、日本の大学には定年退職制度があることもアメリカの大学へ行こうと思った理由の一つ。アメリカの大学でテニュアを取得すると強制的な定年はなく、リタイアのタイミングは自分の意思に任せられる。自分が今の日本の定年の65歳になる頃に、どれぐらい研究や教育に対するモチベーションとアクティビティが維持されているかはちょっと分からないけど、研究者にとって65歳でのリタイアは早いのではないかと感じるし、そもそも研究者個人個人のキャリアは様々なので、みんな一緒に65歳というのはどう考えてもおかしいだろう。多様なキャリアパスを認めるべきだ。アメリカでは雇用における年齢差別が禁止されているので、そもそも公募の際に年齢を聞くことはない。
ということで、私がアメリカの大学へ行くことを決断した理由の一つは、こういう日本の大学の現状にある。この10年間、自分はそれなりに研究費が取れて自分の研究をすることができたし、なんとかポジションも途切れることなく繋いできたし、たくさんの大切な友人や共同研究者と知り合うことができたけど、安定したポストが得られず落ち着いて研究ができないことに疲れてしまった。まぁ他にも、アメリカの大学の雰囲気が好きだったということもあるし、娘がすでにアメリカの大学に入学したことが決断を後押ししてくれたということもある。今後はアメリカのアカデミアで様々な問題に対峙していくことになる訳だけど、これからも日本の研究者の方々とは関係を続けていきたいし、日本人として今後の日本のアカデミアの動向も気になる。日本とアメリカの両方で大学教員としてのキャリアを経験する人はそれほど多くはないと思うので、今後自分の経験が何か日本の大学に貢献できることがあれば積極的に関わっていきたいと思う。
KUMO
KANPAI London Craft Sake, KUMO Cloudy Nigori
こないだの8月に、ケンブリッジから一時帰国していた卒業生の N が、ロンドンからお祝いに持ち帰ってくれたお酒。ロンドン初のサケブルワリーということで、どんなものなんだろうと思ったら、フルーティなしっかりとしたにごり酒。いろんな料理と合わせて楽しませてもらった。KUMO(雲)という名前は、にごり酒の白いおりをイメージしているのだと思う。
最近は結構、海外でも日本酒の醸造が流行り始めているようだから、アメリカでも地酒を色々と探してみたい。
2024年10月31日木曜日
Visa process
来年1月からの赴任に際して、勤務が始まる少し前に入国して生活のセットアップをするために、12月中旬には入国しようとして準備を始めていたのだが、そういえばまだ就労ビザ(H-1B)の証明書類が届いていない。ビザ申請に必要な情報を大学のほうに提出したのは7月頃だったので、さすがにもう受理されているだろうと思って大学に問い合わせてみたら、まだだと言う。しかも、対応してくれている弁護士によると、ビザプログラムが始まる日より10日以上前にアメリカに入国してはいけないのだそうだ。つまり、入国は12月23日以降でなければならないということになる。知らなかった。。。ということで、12月中旬から入国しようと思って始めていた準備を色々と考え直さなければならなくなってしまった。結構しんどい。一方で、大学から来るはずのファンディングのレターが来なくて焦っていた大学院生の F に、ついに昨日そのレターが届いたらしく、大喜びのメールが送られてきた。まぁまぁそれは良かったのだけど、イランからのもう一人の大学院生 M もビザの申請手続きに関することについて、大学の方から返答が得られていないらしい。さぁ、1月にLafayetteで3人全員揃うのだろうか。
2024年10月25日金曜日
帰宅
無事京都に帰って来ました。昨日、Lafayetteのホテルを出たのは昼前だったので、38時間くらい移動をしていたことになるか。京都はずいぶんと秋らしくなった気がする。とりあえずいつもの近所のスーパーで買い物をして、この日常がなんとも愛おしく感じた。やっぱり岩倉は平和だ。
2024年10月24日木曜日
Horizon 1
アトランタ経由で到着したソウルのインチョン空港のラウンジで約5時間のトランジット中。ATLーICNが15時間超のロングフライトで、断続的に結構寝たもののかなりキツかった。これまでにも何度かこの便に乗っているけど、いつもこんなに長かったんだっけな。で、この15時間ほどの間に、イランの学生 F の入学関連の事務手続きに関して早速大学の方で何らかのミスがあったようで、焦って取り乱した F からメールが何通か来ていた。まぁ、こういう事務手続きが一回でスムーズにいかないのはアメリカの常だと思っているので大して驚きはないのだけど、今回はビザ申請を迅速に済ませないといけないので焦る気持ちは分かる。というか、自分のビザ関連書類もまだ届いていないんだった。
飛行機の中で、「Horizon: An American Saga」というケビンコスナーによる四部作の第一章を鑑賞。3時間の映画だったけど、映像に迫力があってなかなか楽しめた。まぁ以前にも住んでいたのだから今更なんだけど、アメリカってこういうワイルドな人達が切り拓いた国なんだよなぁとしみじみ。
2024年10月23日水曜日
Mission complete
さて、明日の夕方の飛行機でLafayetteを出るので、今晩が今回のアメリカ出張の最後の夜になる。この二週間半、これまたエライいろんなことがあって本当に忘れ得ぬ旅になった。今回のミッションがかなり大変なものになることは分かっていたので結構不安もあったのだけど、計画していた全てのことが何とか無事終わって帰れそうなので、今晩はちょっと心穏やかだ。そういえば、先週ちょうどLafayetteに到着した頃にこちらの大学から連絡があって、うちのラボでのPhDプログラムを志望していた学生が2人とも合格したことが分かった。これは大変喜ばしいことなのだけど、実は二人ともイランの学生なので、現在の中東情勢を考えると、彼らのビザがスムーズに発行されるかどうかという心配は残っている。まぁでもとりあえず、今回の旅でやれることはやった。
2024年10月22日火曜日
ラボスペース
今日もまた大学へ。この夏からここのDepartment of Biologyに加入した新任教員の女性3人と初めて挨拶して、皆んなで一緒に教職員用の食堂へ行ってランチ。自分は1月の春学期からのスタートだけど、採用年度としては彼女達と同期ということになる。ということで、世界のいろんな場所(イギリス、オーストラリア、ニューヨーク、日本)で研究していた4人が何かの縁でここに集まった訳だが、面白いことになぜか初対面という感じがあまりなくリラックスして話せたので、まぁ仲良くやっていけそうな気がする。
その後、学部長のカレンに自分のラボが入る予定の場所に連れて行ってもらった。その場所は、前学部長のポールのラボが入っていた部屋で、ポールが今少しずつ整理をしてくれているということなのだが、まだまだ色んなものが残っていたし、かなり古びた実験室という印象。そろそろ引退を考えているポールが使っていた場所なので古いのは当然なんだけど、まぁアメリカの州立大学の典型的な古い研究棟という感じ。来年ここに来たら、まずはラボの掃除からという感じになるだろうな。
2024年10月20日日曜日
日曜
今日は朝からダウンタウンに出かけたのだけど、日曜の朝ということであまり店は開いておらず、近くの大聖堂とその背後に広がる墓地を訪れた。この辺りの墓地は、遺体が納められた石棺が地上に立ち並ぶNew Orleansスタイルで、なかなかに雰囲気がある。その後、少し郊外にあるVermilionvilleという、この辺りに入植したフランス系移民の人達の昔の町を再現した場所を見学。昼はまだまだ暑いけど、街はすでにハロウィーンの雰囲気に包まれている。
2024年10月19日土曜日
2024年10月17日木曜日
LFT
先週ミネアポリスを出てから数日間のシークレットミッションを完遂して、今週からいよいよルイジアナ州のLafayetteに入った。ルイジアナ大学での勤務が始まるのは来年1月なので、実際この町に引っ越してくるのは12月下旬になる予定。ということで今回の訪問では、大学で自分の研究室が入る予定のラボスペースの下見をしたり、他の先生と授業のことについて話したり、あとは住むためのアパートを探したりとか、結構やらないといけないことは多い。Lafayetteを訪れるのは、今年4月のインタビューのとき以来2回目なのだけど、以前に長いこと住んでいたTallahasseeと雰囲気が似ている南部の町だからか、車で走っているうち案外すぐに慣れてきた感じがする。
2024年10月7日月曜日
DBC Symposium
今朝から始まったミネソタ大学のDevelopmental Biology Symposiumに出席。今年は、Drosophila TGF-betaの研究で有名なDr. MOのリタイア記念ということで、スピーカーは結構ショウジョウバエの人が多くて、今日だけでも4人のビッグショットによるトークがあった。去年も2回ここに来てセミナーをさせてもらったりしたおかげで、意外と出席者に知り合いが多くいて、休憩時間には何人かに声をかけてもらった。
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